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ホッケー部沿革

1954.03.03 ホッケー部(男子)が発足。初代部長・谷田憲二郎、初代監督・安田吉実が就任。
1954.04.18 関西学生春季リーグ公式試合初戦・強豪関大戦0対43で超大敗・世界最高記録。
1960.04.22 昭和35年度関西学生春季リーグ・強豪関大、関学を破って念願の初優勝。
7季連続優勝。
1963.10.27 関西学生秋季リーグ・対関大戦で不祥事件を起こし関西学生連盟除名処分・65年3月解除。
1964.02.15 2代監督・千野鐵人、監督代行・恩田昌史が就任。
1965.08.01 恩田昌史、日本代表チームコーチ兼選手に着任・68年10月まで。
1966.04.01 2代部長・石原六三、3代監督・恩田昌史が就任。
1966.06.12~19 恩田昌史主宰の、わが国初のインドアホッケー選抜関西大会を天理大学体育館で開催。
1966.11.06 天理大学男子部初の全国制覇。第2回東西大学王座決定戦、強豪早大・明大に辛勝(大阪)。
1967.11.23 第16回全日本学生選手権大会初優勝(東京)。
1967.12.05 第41回全日本選手権大会初優勝(広島)。
1968.01.09 全日本インドア選手権大会初優勝(東京)。初の3冠。
1968.10.12 恩田昌史、河村一夫、長屋恭一、第19回メキシコオリンピックに出場。
1970.09.20 第10回杯全NHK杯選抜大会初優勝(横浜)。
1971.04.22 恩田昌史『6人制ホッケー』を創案。
天理大学ホッケー場で西日本6人制選手権大会を開催。
1971.11.28 第45回全日本選手権大会を天理大学で開催。
天理クラブと史上2度目の同門決勝、延長の末破り3年連続4度目の優勝。
[2年連続3冠]。
1973.09.01 恩田昌史『ホッケー』を発刊(不昧堂出版)。
1974.11.03 創部20周年記念祝賀会(天理市・一れつ会館)。
1977.03.03 恩田昌史、女子部を創設。下島多美子ただ一人の部員で活動開始。
1977.04.15 恩田昌史『モダン・ホッケー』を発刊(不昧堂出版)。
1977.11.13 恩田昌史提案の『6人制ホッケー』、日本ホッケー協会全国理事会において公式競技に採択。
1978.07.25 マーブ・アダムス(オーストラリア)のコーチングセミナーを開く(天理大)。
1979.04.01 2代部長・石原六三が勇退。3代部長・恩田昌史が就任。
1979.07.24 ホルスト・ワイン(FIHコーチ)のコーチングセミナーを聞く(天理大)。
1979.08.16 恩田昌史、第12回世界女子選手権大会視察(バンクーバー)。
1980.02.02 全日本学生10連覇・全日本3連覇達成“感謝の会”
兼 創立25周年記念祝賀会を開催(大阪)。
1980.03.03 西上泰子ら4名の入学でイレブンが揃い、女子部対外活動を本格的に開始。
1981.08.31~09.01 アジア女子4カ国国際ホッケー大会開催。
インド・韓国・マレーシア・天理大。(天理大学ホッケー場)。
1981.12.01 恩田昌史『スーパーホッケー』を創案。
1983.02.15 恩田昌史、日本ホッケー協会強化委員会副委員長・併せて女子日本代表チーム監督に就任。
1983.03.15 体育学部グラウンド(ホッケー場)のナイター照明第4期工事が竣工し、合計6塔になる。
1983.10.20 恩田昌史『6人制ホッケー』を発刊(不昧堂出版)。
1984.10.12~16 第39回国民体育大会(奈良)・奈良選抜成年女子初優勝。
監督恩田昌史、選手中村真理以下6名。
1985.04.01 親里ホッケー場開場(旧天理市山の辺運動場)。
1987.02.15 恩田昌史、日本ホッケー協会強化委員会副委員長に再就任。
1987.04.13 親里ホッケー場人工芝竣工。
1987.11.13~15 二代真柱20年祭記念国際ホッケー大会を開催(親里ホッケー場)。
1990.04.19 親里ホッケー場更衣棟落成。
1990.11.04~10 第1回アジア女子ナショナルチャンピオンズ選手権大会を親里ホッケー場で開催。
サルタン・アズランシヤー マレーシア国王(アジアホッケー連盟会長)来場。
天理大学初代アジアチャンピオンに輝く。
1991.01.19 恩田昌史、女子日本代表監督に再就任・94年10月まで。
1992.07~08 恩田昌史、選手・倉脇邦子ら6名、バルセロナオリンピック・ホッケー競技視察。
1992.08.27 日本対フランス国際親善試合・高円宮憲仁親王殿下ご光臨・始球打(親里ホッケー場)。
1993.01.22 恩田昌史、日本ホッケー協会女子強化委員長に就任。
1993.06.05~12 高円宮杯国際大会・女子4カ国対抗・天理シリーズを開催。
〔オーストラリア・スペイン・韓国・日本の参加〕・高円宮憲仁親王殿下ご光臨(親里ホッケー場)。
1993.06.15 恩田昌史、男子部監督を勇退。4代監督・太田耕軌が就任(1999年3月退任)。
1994.04.23 創部40周年記念祝賀会を開催(天理市・コトブキ)。
1997.07.06 高円宮牌女子ホッケー日本リーグ最終日・高円宮憲仁親王殿下ご光臨(親里ホッケー場)。
1997.11.14~16 二代真柱30年祭記念国際ホッケー大会(親里ホッケー場)。
1999.01.01 府金尚輝・男子部5代監督に就任(2000年12月退任)。
1999.04.10 親里ホッケー場人工芝・リニューアル完成。
2000.01.01 松尾英雄・男子部6代監督に就任(2000年12月退任)。
2001.05.07 恩田昌史、天理大学監督(男子・女子)として、通算100度目の全国制覇。
2002.03.13 『ホッケー(男女)』天理大学の「天理スポーツ重点強化競技種目」に指定される。
2002.06.08 高円宮牌女子ホッケー日本リーグ最終日・高円宮憲仁親王殿下ご光臨(親里ホッケー場)。
2002.06.23 高円宮牌男子ホッケー日本リーグ最終日・高円宮憲仁親王殿下ご光臨(親里ホッケー場)。
2002.07.31 親里ホッケー場人工芝全面再改装。第2グラウンドの天然芝も人工芝に改装。
2003.08.26~30 天理大学ホッケー部創立50周年記念「真柱杯・天理国際ホッケー大会(男女)」
を開催(親里ホッケー場)。
2003.12.11~14 女子部・全日本選手権5年ぶり14度目の優勝⇒6年ぶり2度目の全国タイトル4冠。
⇒6年ぶり6度目の年間全9タイトル獲得。
2004.0101 川上豊次・男子部7代監督に就任(2008年2月退任→コーチに就任)。
2004.01.17~26 第4回天理スポーツ・ギャラリー展「天理ホッケー」~栄光への半世紀~
(天理市・道友社ギャラリー)。
2004.01.25 第4回天理スポーツ・ギャラリー展・公開シンポジウム「天理ホッケー」~躍進の精神と要諦~
(天理大学・2号棟)。
2004.03.23 天理大学ホッケー部創立50周年記念祝賀会・高円宮妃久子殿下ご光臨(天理教第3食堂)。
2004.08.14~27 アテネオリンピックに小森皆実・駒澤李佳・OGの加藤明美・岩尾幸美・森本さかえ・前田明子・坪内利佳の合計7名が出場。第8位。
2004.11.19 恩田昌史・日本ホッケー協会常務理事・強化本部長に就任。

3度目の女子日本代表チーム監督に就任。
2005.03.17~26 女子日本代表チーム・中国代表招聘・日中国際交流試合を開催(親里ホッケー場)。
2005.04.01 飛田尚彦・女子部4代監督に就任(2006年3月退任)。
2005.09.17~19 天理大学創立80周年記念国際親善試合(親里ホッケー場)。
女子・慶熙大学校、男子・韓国体育大学校を招聘、日韓交流試合。
2005.12.01 柳承辰・女子部5代監督に就任(2007年12月に退任)。
2006.03.24 恩田昌史・天理大学名誉教授の称号が授与される。
天理大学ホッケー部名誉監督に就任。
2006.03.31 恩田昌史・天理大学教授を退職、併せて、3代部長を勇退。
2006.04.01 澤井義則・4代部長に就任。
2006.09.27~10.08 恩田昌史監督率いる女子日本代表第12回ワールドカップ大会・第5位(マドリード)。
日本の第5位入賞は史上最高。併せて、チャンピオンズトロフィー大会の初出場権獲得。
2006.12.15 恩田昌史監督以下・スタッフ5名・選手8名(OG7名を含む)が第15回アジア競技大会出場(ドーハ)。女子日本代表、北京オリンピック出場権獲得と恩田監督3度目の銀メダル獲得。
2007.01.13~21 恩田昌史監督の女子日本代表、第15回チャンピオンズトロフィー大会初出場・第5位
(ヴエノスアイレス)。  第5位入賞により、2年連続同大会の出場権を獲得。
2007.02.20 男子部・不祥事件により45日間の対外活動停止処分・4月5日解除。
澤井義則部長・1年間活動自粛、奥田好廣・部長代行。
2007.03.22~28 女子日本代表チーム・中国代表招聘・日中国際交流試合(親里ホッケー場)。
2007.04.17~22 女子日本代表チーム・韓国代表招聘・日韓国際交流試合(親里ホッケー場)。
2007.06.24~24 女子日本代表チーム・インド代表招聘・日印国際交流試合(親里ホッケー場)。
2007.09.01~09 恩田昌史監督以下・スタッフ5名・選手11名(OG9名を含む)第6回アジアカップ大会。
中国・韓国を下し史上初優勝(香港)。
2007.10.25~11.04 女子日本代表チーム・ドイツ代表招聘・日独国際交流試合(親里ホッケー場)。
2007.11.14 二代真柱40年祭記念「二代真柱様と天理スポーツ」フォーラム開催(天理市・天理教道友社)。
2007.11.22~25 男子部・全日本選手権4年ぶり20度目の優勝⇒14年ぶり9度目の3冠。
2008.01.01 高原得次・女子部6代監督に就任(2009年1月退任→助監督に)。
2008.02.01 辻井俊二・男子部8代監督に就任(2009年3月退任)。
2008.02.23~03.02 女子日本代表チーム・韓国代表招聘・日韓国際交流試合(親里ホッケー場)。
2008.03.09~16 女子日本代表チーム・アメリカ代表招聘・日米国際交流試合(親里ホッケー場)。
2008.04.01~11 女子日本代表チーム・中国代表招聘・日中国際交流試合(親里ホッケー場)。
2008.07.02~08 女子日本代表チーム・オーストラリア代表招聘・日豪国際交流試合(親里ホッケー場)。
2008.07.13~19 女子日本代表チーム・韓国代表招聘・日韓国際交流試合(親里ホッケー場)。
2008.08.08~25 恩田昌史監督以下、コーチ・中村真理・常喜浩幸・柳承辰・瀧尻勝也
選手・小櫻千奈美・加藤明美・岩尾幸美・筑井利江・森本さかえ・岡村育子・小森皆美・駒澤李佳・小野真由美(OG8名)
北京オリンピックに出場。第10位。
2008.10.31 恩田昌史・女子日本代表監督・女子強化本部長を退任。
2008.11.30 天理大学・JOCトップアスリートサポート賞を受賞〔天理大学ホッケー部などの活躍に因る〕(東京)。
2008.11.30 男子部・高円宮碑ホッケー日本リーグ初優勝⇒2年連続3冠(通算10度目の3冠)。
2009.01.01 恩田昌史・女子部監督に復帰。
2009.03.06 男子部・不祥事件により、澤井義則部長と、 辻井俊二男子部監督が引責辞任。
味波政一・部長代行に就任。
奥田好廣・男子部監督代行に就任。
2009.07.07 男子部4ヵ月間の対外活動停止処分・7月7日に解除。
2009.11.12~23 男子第83回・女子70回全日本ホッケー選手権大会を開催(親里ホッケー場)。
2010.04.01 澤井義則、部長に復帰。
2010.07.27~31 新井麻月・大塚志穂・遠藤里菜、第1回アジアチャンピオンズトロフィーに出場。
銀メダル獲得。(韓国・釜山)
2010.08.30~09.09 新井麻月・大塚志穂、第12回ワールドカップに出場。
第11位。(アルゼンチン・ロサリオ)
2010.11.13~25 新井麻月・大塚志穂、第16回アジア競技大会に出場。
銅メダル獲得。(中国・広州)
2011.03.31 恩田昌史・女子部監督を勇退。
東田聖・女子部フィジオセラピスト辞任。
2011.04.01 高原得次・男子部9代監督・女子部コーチに就任。
鹿野育郎・女子部8代監督・男子部コーチに就任。
穴井善博・男子部コーチに就任。
坂爪慶・女子部フィジオセラピストに就任。
2012.03.31 山口真・男子部フィジオセラピスト辞任。
坂爪慶・女子部フィジオセラピスト辞任。
2012.04.01 岩本金悟・男子部フィジオセラピストに就任。
石田豊・女子部フィジオセラピストに就任。
2013.04.01 長谷部謙二・女子部9代監督に就任。
湯田ひとみ・女子部コーチに就任。常喜浩幸・GKコーチに就任。
岩本金悟・チーフフィジオセラピストに就任。高橋信幸・男子部フィジオセラピストに就任。
天理大学ホッケー寮(男子部)完成。
穴井善博・男子部コーチが舎監に就任。南章子・栄養管理士に就任。